児童劇の審査で怒る

2019/02/13
大学の先生などをやってるせいで色々な所から審査をたのまれ、先生達でもちまわります。児童劇の審査で思ったことは、子供に必要な作品というのは別に母親が思う子供のことを作品にしなくても人間を考えるべきかと思う。小学6年生までに国語の先生だった祖母に買ってもらった本コーナーを見返してもやっぱ人間のことを書いてる。(中学の頃は漫画と宝島ばかり読んでいた。アニ研にいたから)
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「子育てが大変ねー、保育園を増やしてほしねー」なんてマジ知らねーし、政治家をみていてもおもいますが、女性候補となるとなぜ保育園を増やして、女性の輝くみらいをとしかいわないの?不思議です。書くなら様々な人が読んでも、なるほどと思うくらいに面白く書いて劇にしてもらいたいし、親であるということはもっともっと社会全体のことを考える人になるのだと思っていたし、そうあるべきではないかと総評を私は言いました。

子どもの表現力やコミュニケーション能力、探究心、考える力などを養うのを目的にアーティストが教育に関わってんじゃねーの、親の大変さよりも、子供の興味とも言いました。

「なるほどね」って...「教育機関のトップや政治家がなんなんだよ」とは言ってはいませんが、普通に少し考えればわかるだろう、宮沢賢治は決して子育て大変ねーなんて書いてないぞ!児童劇に未来がなくなる。子育て大変ねー、母親って本当に大変なのよねー、みたいなことはカフェかもしくは居間でやってほしいです。そうして、100万回生きた猫から読みなおしてみてくださいねーとは言ってないですが、ずっと観ながらそう考えていましたので、適当な悩みを児童劇にするんじゃないと思わず言いそうになりました。

審査会で怒りすぎて奈良から大阪に、明日から入試です。みなさん気をつけていらしてください。

シマ次郎にだってドーモくんにさえ私はスパルタだよ。3歳にもはっきりテンポが違うだろうと怒りながら言います。人間はどのような状況においてもみんな生きてるの大変なんです。

私なんてちょースパルタで発表会です。スパルタでも、主婦、子供さんでもやりきった時はみんな日常を忘れてとても楽しそうです。そうやって色々なしがらみから離れて生きる意味を確かめることやってもいいでしょう。
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