ストレスを抱えながら前進

2013/05/28
なかなかいろんなことが進まないけれど、とにかく自分が書く時間もみつけて、今年は取り組まなくてはいけない。

詳しくここに書く訳にはいかないが、とにかくいろいろストレスがたまる。大人なのでこらえる。どうすればいいかなぁと考えるが、もちろん答えはできないので、結果”気にしない”という答え。

振付や構成を共に考えてゆくには時間がかかる。しかもダンスの場合は、どんな作品をつくるかによってだが、このフレーズが面白いか?面白くないか?なんて、やってみて、やってみて、それでも後にならないとわからないのです。

私は教育という言葉が苦手だ。教えることなどなにもないと思うからだ。ただ一緒にその過酷な作業を見守る必要はあると思っているくらいだ。だから、これがダメとか、あれがダメとかいうのはない。方法論として、同じモダンダンス的、テクニック的、ユニゾンを憶えてそれを個人の動きにしてゆくことは、コンポジションのクラスで何度もやらされた。そうしてUSAではいつも怒られた。なんで、そんなへんな動きになるの?と....何故だろう?おかしいと思うのか?謎でしたので、きっと日本人だからだ。差別をうけてるとずっと思っていました(笑)

人によって面白いと思える価値観は別々なので、これが絶対に正解だということなどないのです。それでも、なんとなく皆、これは面白い、面白くないと感じたりする。なにが、どんなふうに変化してゆくかはその人次第なのです。それに、自分が20年以上前に考えて、考えて、作品を創りだしていた方法論を今はやっているのです。それが古いとは思えない、当時誰もやっていなかった振付の方法の一つだったのではないかと思っている。今はいろんな人が当たり前みたいにやっているけど、本当に誰も、誰もやっていなかった。

ゴミのようなフレーズ、動きを集めて、今までにみたことないようなフレーズやダンスを展開させる。それは胸が使えていようが、足が使えていようが、関係ない、ただ指先が動くだけでもいいのだ。それが、その人の個性だから、だからこそ誰にでも踊れて、表現になるのだ。

私達が持ち得ない、特別の身体ではないからこそ、じゃなにができるのかと考えて、考えて、構築したやり方なのだ。

もちろんこれは個人的な方法論なので、ダンスをやってきた人からみたら特殊なのだと思う。それでも、今ここでこれをやらないと、私はなにをしに来たのかわからないのです。

作品を創るというのは過酷で、プレッシャーがかかる。これでいいのか?本当に面白いのか?批評などでもたたかれたり、ほめられたり、客が来たり、来なくなったりと、自分自身が現場にいていつも思ってきたことだ。

アイドルだって必死に客を集めているこの時代ですが、チケットバックがあってもチケットを1枚、2枚しか売らないダンサーなんてたくさんいるコンテンポラリーダンスの世界であります。まぁ、アイドルが事務所にチケット売って下さい!と言っているようなものなので、もうその時点で終わっている。マネジャーに嫌われて関係が築けなくて消えていく。そんなものです。言うんじゃなくて、自分の努力している姿をみて理解してもらい、じゃ頑張って売るよって言ってもらうべきなんですよ、はい。それが無理な人は、どちらにしても応援してもらえないので、ほっておいたら消えていきます。そんな状況をたくさん観てきましたので間違いがないと思います。

まぁ、それでもいいかぁとも思ったりする時もあります。

だって、ダンスは岡本太郎にいわすと『人の目を気にするなんて芸術じゃない、卑しいものだ』と言われるだろうな?と、それでも、ダンスを考え続けるひとつの理由としては、新しい動きを探し続る、もっと、もっと、別の方法を探してみたいとも思ってみたりするのです。

もしかしたら、今持っている感覚はもう古いものかもしれないといつも疑ってかかる。実際、私は20年以上もダンスを続けてきてきている古い人なので、それがダメとはどんなことがあっても言えない。ただ、自分には面白くないことかもね、かもしれない、とぐらいは言わなくてはいけないとは思いますが....

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