どうするべきか?

2012/11/04
できない。私は本当に心の狭い人間です。今日の何時くらいに訳の人に台本を送れるか?という電話に曖昧にしか答えることができない。どうでもいい嘘をついてみたりする。きっと、嘘だとばれたでしょう。後で考えると、どうでもいいことにムキになってみたりして、本当にどうでもいいことでした。今日中にはできないという事実を素直に言えばね、よかったです。(反省)

ドキメンタリーってなんだ?ノンフィクションがこんな短い時間で、できない、かなりつくりこんでいないとできない、ということに気がついている...どうするべきか?本当にわからない、できない。いつもはどうでもいいのに本当におこっていること、真実と思っていたら、普通に話していてもそれは真実とちがうからと無駄にこだわってみたりします。でも、なにが真実なのか?を考えると、それがフィクションであっても真実だと思えばいいわけで、皆の心に響けばいいわけですから、それが真実であろうと、なかろうと、いいわけっすから、ますますわからない。

ノンフィクションの意味を辞書で調べてみると、事実に基づいてつくられた作品、紀行、ドキメンタリー、合成語とある。なんだ合成語とは?ノンとフェイクションの合成語なのか?

街をみると、皆はとても楽しそうに台北の夜の街を歩いて、観光している。シーリンでかき氷とか食べてる。食あたりになればいいのにと思う。ダメダメ心が狭い、カップルで楽しそうにマンゴかき氷食べてる。本当に食あたりになればいいのに...私はだいたい心が狭くできているのです。これはノンフィクションで、自分の思っていることですが、「かわいい、いいですね旅行ですか」と笑顔で対応、これはどうなんだ?これも、またノンフィクションかぁ....

あれ?私12月の用意もしなくてはいけなくないですか....本当に楽しいことってないんですかね。なんだろう。蚊にさされました。


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日々稽古 | 台北です。

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