金沢です。短いスパンで考えよう!

2014/08/26
大学の報告会は無事に終了いたしました。ありがとうございました。→ゼミ報告

そうしてニブロールsee/sawの公演で金沢にいる。是非、皆さんお越し下さい!夏の最後の思い出に金沢芸術村金沢21世紀美術館ともにセットでくるといいよ!


3年前に創った see/sawは国内、外とずっと再演が続き毎回新しいメンバーが加わり毎回変更、色々記憶について、人について、色々考える3年前横浜で観てくれた人がこの世にいない、あぁ私は生きてきたんだとなぁと3.11がなかったらこの作品形態はないし、大学にも行かなかったでしょうね。まぁ、なにも変えられないという事実は変わらず事実としてあるのですが、新しく人と人が出会ってゆく、きっとこのメンバーで踊るのはこれが最初で最後なのだろうと....

これを乗り切るとフェスティバルトーキョー桜の園の稽古が始まるので、ずっと戯曲と向き合わないと演出ができない。後期の授業もあって、無理じゃない、今年を乗り切ると思うともう嫌なので、短いスパンで考えよう!余計なことは考えない、気にしないであります。
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終戦記念日

2014/08/15
69回目の終戦日。矢内原のじいちゃんは広島大学生1年生18歳の時に戦争にかりだされたそうだ。戦争のことは話してくれなかったけど、戦争の時の写真を死んだじぃちゃんは大切に持っていてその写真をもらった。ばぁちゃんのお兄さんは19歳海軍で海に沈んで帰ってこなかった。その顔が自分の父にそっくりでなんで父の写真を飾ってあるん?と聞くと、私が6歳の時に亡くなった日おじとおばぁは「あれはおばぁのお兄さんだよ」と言ったことを鮮明に憶えている。私の家は大きく池があって錦鯉が泳いでいて、家が三件もあって幼い私はいつも庭のなかで1人で遊んでいた。8月15日なるといつも父に良く似た人の前で黙祷をすることに、隣にいる父をみながら『なんで?』と思っていました。まぁその家は数年前に父が寝たばこで火事にしてしまい愛媛新聞に矢内原学家燃えるとでていると同級生に教えてもらった。その後、更地にしてもう駐車場になっている。その光景をみると、なんだか悲しいけれどこれも時代の選択なんだろうと。なにも生み出さない駐車場と街にひそむという短編にも書いたが、私は駐車場が嫌いだ。もう庭はない。父と母はバリアフリーのお家を建てて元気に暮らしてる。69年という月日で大きく変わる。今もすぐに変わっていくのだろうと思う。ベット脇で戦争は二度と絶対にしないほうがいいとと言ってたじぃちゃんを思いだす。69回目の終戦日。
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台北ダンスインアジア2014

2014/08/12
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ダンスインアジア2014in台北はどうにか終了しました。ありがとうございました。日本人ダンサーには台湾の若手振付家にやってもらう予定で日本の急な坂スタジオに来て稽古もしていたのですが、結果うまくいかず、悩みましたね、日本人ダンサーをどうするかを、それだけ時間をついやしてきたわけですから、それで台湾主催のヤオさんと話しいろいろ変更につぐ、変更で、どうにか公演をすることができました。経験がまだ浅い振付家をサポートしてゆくリスクや、金沢のニブロールの公演でもいろいろあって個人の要望に応えてリスクの高いことをしなければならないということはどうなんだろう?とも思うが、それも楽しみのひとつとして考えてゆくようにしたい。まぁ、どうにもならない場合はその人との関係を辞めればいいことなので、簡単なことです。でも、まぁ辞めないで最後までできてよかったです。なんでも、どんな形でも最後までやるってことは大切なことだね、それが完璧な形でなくても、それらを積み上げていつか奇跡的に完璧な形というものがとれるということを理解して取り組んでいきたい。

台北の振付家が一緒に稽古していたダンサーの作品をみようとしないので、『何故みないの?みたほうがいいよ』と言うと観てくれていました。稽古中や公演中も忙しく話す機会がなかったので終わった後、少し彼と話したが悪い人ではなかった。ヤオさんとも彼のことについて話をしたが、おじいさんが日本人と戦って亡くなられて、お父さんが日本人のことを好きじゃないから彼も日本人とやるのが難しかったのかもしれないという話をしていた。でも、ヤオさん的にはそういう人だからこそ日本ダンサーと一緒にやってもらいたかったと言っていた。戦争かぁ、3世代もひきずるのかぁ、私達日本人がアジアで活動する時に確かに多くの責任をとり、その場にいなくてはいけないとも思った。そうして少しづつお互いを理解したい。

他の若い振付家やダンサー達の交流の場を提供したいと考えてとりあえずスタートしたが、初年度は様子見ということと予算があまりに少なく、数人でしか回せない予算状態なので声がかけられないのでしょうがなくoff-Nibrollのa flowerという小作品をやることなった。2011年に創ったこの小作品や、2007年に創ったチョコレートという小作品もず------っと違う国のダンサーが踊ってくれたりしてる。言ってはいけない一言『あきたであります!』を言いたいが、まぁ、いつまでも、どこまでも再演してくれと言われるのはありがたいことなので、撤回しようということに自分でなりました。この後のダンスインアジアin香港は関西のダンサーに踊ってもらうスモールアイランド。楽しみです。

8月の終わりに金沢でのニブロールsee/sawの公演があるのですが、その前にに様々な打ち合わせと、台北の報告会in近畿大学とうをこなして金沢にはいります。よろしくお願いします。ダンサー募集しています。なかなかオーデションなどをしないニブロールですが一緒に活動をしてくれる人(といってもなかなか活動しないのですが)出会えることを期待して新しい関係を試行錯誤しあえるダンサーを募集しています。よろしくです。→ニブロール





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