いろいろ始まってるから

2013/10/25
一番心配していた24日(木)会場が狭くお客さんがこないと心配していましたが日がちかずくにつれて予約が増えてよかったです。ありがとうございます。26日(土)27日(日)19:30からはチケットは完売しており、当日券は立ち見のみです。非常に観にくい会場ですが、すぐ近くで演じる役者達にも、そうして観る側も緊張感がはしります。昨日は私は、少しの失敗、息づかいなど気になること満載でした。2月にやったばかりの静かな一日をすぐに再演する機会に恵まれ、考えることが満載でした。
静かな一日-感想-

やはり経験、テクニックの差というものは必ず舞台の上にでてくる。テクニックがないことをどう乗り越えてゆくかというのはやはり松永にとっては大きな課題で、私自身もこれはダメでこれはOKと言える強さを持たなくてはいけないということを本当に、本当に考えさせられる。松永は必死に川田さんに追いつこうと頑張っているし、そこは評価したいし、あの軽薄なキャラクターは他の誰にもだせないと思う。川田さんも松永をよくひっぱりあげてくれている。昨日は知り合いがたくさん観に来てくれて『すごいサ行が言えるようになってますね』と皆さんに言ってもらえました。ありがとう。そうして、あと2日でこの静かな一日も終えるのですが、ここで、また二人と一緒に静かな一日に向き合えたのはよかったです。言葉とどう向き合い、なにを、どう伝えるか?そのために、なにをするべきなのか?大事なものを亡くすと人はなにを考えて、それを救ってくれるのは時間と自分自身なのだということ、2月に吉祥寺シアターでみた静かな一日から8ヶ月たって黄金町でみた静かな一日は二人の役者の言葉の理解や取り組みも確実に進化している。私達はこうして少しづつ作品を通してお互いを理解し合うのだろうと。

雪を何故、火事で亡くしたことにしたのか?何故?津波ではなく放火で火事なのか?そんな質問をされて何故なのか考えている。美術でたくさんの家がのみこまれるようなイメージ映像があるのですが、私はその映像をみるたびにそこに住む人達のことを考えずにはいられない。ひとつ、ひとつの家にはやっぱりひとつひとつの物語があって、それを突然壊すようなことが、やっぱり耐えられなかったから、雪は火事で死んだことにしたんだと、そんな中途半端な弱さも私なんだろうと。雪を津波で死んだことにできなかった。どうしてもできなかった。死ぬ時というのは、どんな感じなのだろうか?突然やってきて死ぬのか、夢のようにずっと寝たまま夢は死になっていくのか?まだ、私にはわからない。ただ、どうしても書いておきたかった。自分が目でみたこと、感じたことを、そうして、後10年後に生きていたら、忘れた記憶を取り戻して、そうして、いつまでも、あの時感じたものをここにあるようにしたい、そう、ここに、その時感じたことはおいておきたいとサヨナラ、と叫ぶと思ったのですね。きっと。ぜんぜん雪が火事で死んだ答えにはなってないか....

そうして別の稽古は進みます。

comment (0) @ 未分類

簡単ではないです。

2013/10/08
みんながやりたいわけではないということを考えるが、この時期に”やりたくない”人のほうにひっぱれるのはあまりによくない状態です。大変ですから、くじけることもありますが、その先の風景をみない人に、その先の風景をみれる可能性がある人がひっぱられている状況はあまりによくない。その状況を変えたいのと、よりよい状況、状態をどうつくりだすか?という問題。

舞踊公演実習にむけて日々進みますが、私のダンス方法論はとても難しいと学生達は考えているようにも思いますが、ダンスを踊れる人が踊り、振付をするということですがこの世界の常識ですが、それを壊していきたいと強く思った20代から情報量と自分になにができるか?日本人が得意とする小さな世界で膨大につみあげることができる可能性を考えて考え抜いたダンス振付方法論なんです。ダンスの世界はコンサバですから、ある意味これをやると嫌われますが、そんなのはいいのです。それに、これは日常的な動きで誰でもできて、誰もが振付られます。なので、誰もが踊り振付ればいいと思います。

しかし、舞台となるとそこに立つの人のもので、振付家のものではなく、舞台にいる人をどうよくみせるか?この人の可能性はなんなのか?どうすればよくなるか?を考え続けることが必要です。これは舞台に立つダンサーに比べて、地味で面白くない仕事ですが、そこにいる人が輝くと心が踊ります。膨大な振りをおこし、それを的確な明確な形にしてゆく、これにはダンサーの努力と振付家の構成力と瞬発力とねばり強さとここでも努力がいります。

2年の授業の最後に少しだけ言いましたが、どう踊るか?これが大きな課題になってきます。

身体に観客のイメージをかさねるためにはやっぱり膨大な時間がかかるのです。
そこに他人と比べる意味などなく、自分がどう踊るか?ということだけしかありません。それを助けてくれるのが身体です。なんでもできないよりかはできたほうがいいです。できないということを武器にするには、やろうとする気持ちなくしてできません。難しいことをいいますが、キャラクターというのははじめからできない状態で育っていくのではなく、やろうとしてもできないから育っていくものだと思います。

そう、簡単なようにみえて簡単なことはなにもないのです。そう、これだけパターンのちがう振付を憶えるは難しいことなのですが、そこをやってこそ舞台にたたないと、できることだけで舞台にたとうなどと考えないで下さい。

時間は不可能を可能にしてくれます。

私もあきらめず皆と向き合いと思いますので、皆もあきらめず、踊ったり、考えたり、してあげて下さい。

私は3年生と2年生の今日やった振りをみて何度も考える。こうすればもっと面白くなると...何度もイメージする。
こうして振りをねりなおして、ほぼ捨てるという作業をしたりしますが、今回はもちろんそんなことはしません。今ある振りを4人でどうつなげて、どうみせてゆくかそうしてそのあいまにみえるソロやデュオをどうみせてゆくかを考えます。
comment (0) @ 未分類