妻有終了しました。ありがとうございました。
もうひとつ感じたのは、地域の人々を踊らせるというよりも、そこにある文化を利用してそれをうまくみせてあげることができればいろ いろな人々とつながってゆくということでした。
観に来てくれた人も巻き込み体験をどうくり広げてゆくか?ということはアート作品が点在する大地の芸術祭にとって、これから必要なことだと思いました。ただ、そこにあるアート作品を観にゆくだけではなく、共に心に残るなにかを地域の人、観客とともにつ くってゆくことができれば人と人とのつながりを広げてゆくことができるのではないか?という可能を感じました。
演劇やダンスに興味がある人だけでやってはダメで興味のない人をどう巻き込むか?ということを考えてゆく必要があると強く感じました。私はやはり舞台人なので、いろいろ制約されると心が折れそうになりましたが、いろいろな世界があり、そこをどう開いてつなげてゆくか?ということをもっと考えてゆかなければ反省しております。
ダンスはイメージなので、言葉と違いなかなか地域の人々には伝わりにくいですが
一緒にカラス踊りを円で踊り、お客さんから拍手をもらうまでの無音がゾクゾクしたよと
皆さんが言ってくれたように、その感覚をお客さんにまで伝えたいと思いました。
今まで私は、つねに舞台をやりたいという人達のなかにいて、
今回は予期しない出来事の連続で、妻有の公演は本当にできるのか?
1人住民の人に踊ってもらいたいと思っていた場所にダンスを踊れる人がいないから
できないとのことで、私が急遽はいったり、子供達の客入れの朗読もその日により来る子
がちがったり、カラス踊りででてくる盆踊り会夫人会の人達がやっぱ無理などと
舞台のなかだけで生きている自分にとっては無理だと思えることの連続でした。
なかなか4人のダンサー達に、こうすると言うことが、ギリギリにならないと言えませんでした。
それは、大きな反省です。いろいろ他のことを考えていて、空間を考える時間が極端に少なく
空間をみている時に、ランタンを前におかれたりしてイライラしたり
雨がふって、どうなるかわからないので、もうどうでもいいと思える気分になって
周りにあたったりと、それは大変でした。(今思うと、本当にごめんなさい)
『ダンスにも演劇にも興味ないんだけど...』という人達とのコミニケーションをどのようにとっていいか?という壁はとても大きく、本当に困難でしたが、できて、とてもよかったです。観に来て下さり本当にありがとうございます。
しかし、やはり最後は人なんだと思いました。人は人によって助けられるんだと、
人を思いやる人になりたいです。農家の皆さんは私達にたくさんの野菜やお米を持ってきてくれて、おみやげまでもたしてくれて、作品で創った御神輿を秋の収穫祭でかつぐと言ってくれました。
『土いじりは、人を思いやれる気持ちを育てる。人を思いやれる人は悪口を言わない、相手にミスがあっても、よく来た、これを食べて帰れと言う人々ばかりよ。学者や企業家は最悪で、自分達のことしか考えてない、おじいちゃんもその自分勝手な1人にすぎない。人が人を思いやれるかどうか?というのは、個人が最後に選択する自由ですよ』と祖母の言っていた言葉を思い出す。
私は思いやりがたりない。反省して!今日ももらったお米を食べる。
そうして、なにか絶対に送り返そうと思うのであります。
なにがいいかな?やっさんやふみおさん、みちおさん、お世話になった人達になにを送ろうかな?と考えている。
10年後、20年後にも皆さんとお会いできるように続けていけるように、日々むきあっていきたいと思っています。